『おいしい食感と食品構造』中編ー今の食品開発に求められる、『感性的食感』の実現

食品のおいしさに欠かせない「食感」。中編では、感性的な食感をデザインするために必要なプロセスと、2次元上の『食感マップ』についてご説明していただきます。

【前回までの記事はこちら】

『おいしい食感と食品構造』上編-食品構造工学と”おいしい食感デザイン”

中村卓 教授:

京都大学大学院農学研究科食品工学專攻博士後期課程修了。食品メ一カーにてでん粉や油脂などの食品素材と加工食品の研究開発・製造・販売に携わったのち、明治大学農学部に着任。食品構造工学を研究し、食品のおいしさを食品構造から追究している。

今の食品開発に求められる『感性的食感』の実現

現在の食品開発では、知覚レベルの食感表現(かたい・やわらかい)ではなく、おいしさを示す感性的な食感表現(もちもち・口どけが良い等)の実現が求められています。そのための手法として2次元食感マップを紹介します。

食感の分類

食感を意味する言葉には知覚レベルと認知レベルの二種類あると考えられます。知覚レベルは生まれながらに持っている感覚からなり、物理的で物性(物理単位)と相関が認められます。この知覚レベルは力学特性(弾性;かたさ)と構造状態(粘性;粘り)からなります。もう1種類の食感表現である認知レベルは経験により獲得されたもので、「もちもち」「とろ~り」「サクサク」などのオノマトペで表現される感性的な食感です。このような認知レベルの食感表現は、直感的・統合的な判断ですので、知覚レベルの具体的な特性で説明するのは容易ではありません。このおいしい感性的な食感表現を具体化するためには、咀嚼過程における知覚レベルの食感(かたさ・粗滑等)がどのように組合わされ、変化しているのかを咀嚼過程の時間軸に沿って意識化し解析する必要があります。

 

感性的な食感のデザイン

感性的な食感をデザインするには、次の3段階のプロセスが必要です。

  1. 『感性的食感』の意識化
  2. 構造破壊の単純モデル化
  3. おいしい『感性的食感』の見える化

1.  の「『感性的食感』の意識化」は、口の中で変化した食べものの触感をどう感じたか、オノマトペ表現などを駆使して言葉にします。そして、噛み始めから嚥下までの時間経過のなかで、その食感をどの部位(歯や舌、上あご)などで、どの時点で感じたかを知覚レベルで官能評価します。次に、2. 「構造破壊の単純モデル化」を実施。これは、1. で意識化した食感に対応した機器を用いて、力学的観点から食べものの構造の破壊を計測するなどして数値化し、破壊過程の構造の状態を観察して破壊プロセスを可視化します。この1. の官能評価と2. の破壊プロセスを組合せて、感性表現のメカニズムを力学特性・構造状態から明らかにすることで「おいしい『感性的食感』の見える化」ができます。

事例として「もちもち」食感を取り上げます。「もちもち」というオノマトペには、「噛み始めは応力が小さくやわらかいが、噛みしめたときは応力が大きく噛み応えがある。その応力が2回目以降の咀嚼時も持続する。さらに少し付着性があり歯にくっつく」といった食感の認知があると考えられました。「もちもち」食感を発現する素材としてタピオカでん粉が知られていますが、顕微鏡によるタピオカでん粉の構造観察から「亀裂を生じないで伸びる性質・噛み切り難さ」が「もちもち」食感を発現することを示しました。これをベースにもちもち食感がデザインできます。例えば、表面はやわらかく、中心がかたい2層構造(不均質構造)を持つ食品に、さらに連続相と界面相互作用をもち伸び易く破断し難い増粘多糖類(例えば、ローカストビーンガム/キサンタンガムの混合系)を使用することで 「もちもち」 食感を付与することが出来ると考えられます。このように感性食感を力学特性・構造状態へと翻訳することができれば、具体的に食品を開発するための方策を考えることができます。

タピオカでん粉の原料となるキャッサバ(画像左)
当社のタピオカ加工でん粉「アクトボディー®KT-10」(画像右)

 

2次元食感マップ―「口どけ」に含まれる5種類の現象と意味

咀嚼過程の知覚レベルの食感の変化と、対応する機器分析結果をもとに、時間軸と口腔部位から2次元上の『食感マップ』に示すことで直感的に理解しやすくなります。

 例えばおいしさの表現としての「口どけ」を考える場合、その意味を特定する必要があります。「口どけ」を漢字で表現すると、「口解け」「口融け」「口溶け」というように、使用する漢字により微妙に意味が異なります。「解ける」は塊がゆるくほぐれる、「融ける」は固体から液体へ変化する、「溶ける」は固体が液体に同化する状態を表します。そこで、どの意味で「口どけ」を使っているのかを時間軸と部位に沿って解析してみました。すると、少なくとも5種類の「とける現象」に分けられたのです。咀嚼によって食べものの塊がくだけて「解ける」。バターなどの固形の脂や氷などが口の中の温度が上がることで「融ける」。油が唾液と混ざる、もしくは乳化して唾液と同化して「溶ける」。食べものの塊がくずれて解ける。飲み込んだあと溶けて口の中からなくなる。このように「口どけ」を一言で終わらせるのではなく、時間軸と部位に分けて2次元食感マップに表すことで、「口どけ」に含まれる5種類の現象と意味を可視化することができます。

図:2次元食感マップで示す「口どけ」の分類

パンや焼き菓子など、水分の少ない食べものでは、唾液と混じり合った塊に「クチャつく」食感がないということが「口どけ」につながり、それが好まれます。一方、チョコレートやアイスクリームのような結晶を含む食べものは、体温でさっと融ける口どけ、唾液に溶けて広がる濃厚な口どけ、そして、最終的に口の中からなくなる口どけを感じられるかどうかが重要になります。また、ヨーグルトやゼリーなどのゲル状の食べものには、口に入れるとすぐにやわらかくくずれて広がり、なめらかな舌ざわり、適度なねばりと濃厚さがある「とろり」とした口どけ感が求められます。このように食べものによって「口どけ」の意味は変わります。ですから、食品を開発する際には、2次元食感マップのように食感の事象を食べものの構造の破壊過程の変化として可視化するなどして、具体的にイメージすることが大切になるのです。

 

 

次回コラム『おいしい食感と食品構造』後編では、「今注目の食感をデザインする 2次元食感マップの応用」をテーマに、「新食感」の食品開発についてご紹介します。お見逃しなくご覧ください!