『おいしい食感と食品構造』探求編ー研究事例からみる、食品構造の形成と破壊
食品のおいしさに欠かせない「食感」。探求編では、おいしい食感を食品構造の破壊過程から解析するプロセスについて、実際の食品であるプリンでの研究事例をご紹介します。
中村卓 教授: 京都大学大学院農学研究科食品工学專攻博士後期課程修了。食品メ一カーにてでん粉や油脂などの食品素材と加工食品の研究開発・製造・販売に携わったのち、明治大学農学部に着任。食品構造工学を研究し、食品のおいしさを食品構造から追究している。 |
研究事例からみる、食品構造の形成と破壊
おいしい食感を食品構造の破壊過程から解析するプロセスについて、実際の食品であるプリンでの研究事例をご紹介します。
プリンの「とろ~り」食感と破壊過程
プリンのおいしい食感表現として「とろ~り」が挙げられます。これはオノマトペとして、強調とゆったり動作完了と結びついています。そこで、洋菓子店で購入した10種類のプリンを用いて用語選定を行いました。その中から食感の異なるプリン(A)、(B)、(C)、(D)を選びました。4種のプリンについて力学特性を数値化するために破断強度、動的粘弾性測定を行いました。
まず、プリンをつぶしたものをデジタルカメラで撮影しました。これら4種のプリンの変形時の破壊構造観察において、(C)、(D)は破片を生じたのに対し(A)、(B)は破片を生じませんでした。破片が観察されたプリンについて、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて微細構造を観察した結果、(C)で亀裂の先端や周辺でタンパク質ネットワークの伸びが観察されましたが、(D)ではそれらが観察されませんでした。一方、破片が観察されなかった後者について、(A)では脂質とタンパク質の界面でタンパク質のネットワークが引き伸ばされ変形している様子が観察されましたが、(B)ではこのような構造は観察されず、変形前と同じ構造でした。
さらに破壊構造の観察結果も併せて「とろ~り」食感を以下のように“見える化”しました。人が評価する官能評価の結果より、「とろ~り」食感には、咀嚼の初めがやわらかく、つぶした後はなめらかで、口どけが良く、ざらつきが小さいことが大きく寄与していました。この“やわらかさ”は破断強度の応力値が低いことから確認できました。動的粘弾性ひずみスイープ試験における緩やかな粘度低下、破壊構造観察における亀裂がなく、均質な破壊構造によって“なめらか”で“口どけ”が良く、“ざらつき”が小さくなったと考えられました。
以上のように,食品構造がどの口腔内部位(歯/舌)で破壊され,咀嚼過程の時間軸に沿ってどのような力学特性と構造状態を発現するのかを,咀嚼をモデルとした機器測定と構造観察を組み合わせて明らかにしました。
このように、官能評価・物性測定・構造観察を相関づけることで具体的なおいしい食感のデザインに応用できます。おいしさの実現には、当然製造できるか?という食品製造のメカニズムの解明も必要です。実際の食品は複数成分が多様な局在構造をとる個別事例です。しかし、食品構造の形成と破壊の過程を可視化し、「食品構造の制御により食感を設計する」考え方は、全ての食品の開発に応用できると考えています。
ぜひ、食品構造工学の視点・アプローチ法を皆さまの研究開発で活用頂ければ嬉しいです。
以上で、明治大学中村卓教授によります食品構造工学や”おいしさデザイン”のコラムは終了となります。新しいコラム連載シリーズ等も随時公開いたしますので、お見逃しなくご確認ください!